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zoom RSS ダニエル・イノウエ上院議員とはどんな人

<<   作成日時 : 2013/01/09 16:46   >>

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ダニエル・イノウエWikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%8E%E3%82%A6%E3%82%A8
等より,引用します。

1.ダニエル・ケン・“ダン”・イノウエ(Daniel Ken "Dan" Inouye、日本名:井上 建(いのうえ けん)1924年9月7日 - 2012年12月17日)は、アメリカ合衆国の政治家。元アメリカ陸軍将校、上院議員、上院仮議長。
2.第二次世界大戦中日系人部隊の実態
1942年2月以降に、アメリカ西海岸に居住していた日系人と日本人移民約12万人は、ほとんどの財産を没収された上で全米に散らばる強制収容所に強制収容された。
1943年1月28日、日系人による連隊規模の部隊が編制されることが発表され、強制収容所内などにおいて志願兵の募集が始められた。ハワイからは以前から大学勝利奉仕団で活躍していた者を含む2,600人、アメリカ本土の強制収容所からは800人の日系志願兵が入隊した。背景事情の違いから本土出身者とハワイ出身者の対立は深刻で、暴力沙汰もあった。
そこで上層部は、双方の対立を解消すべく、ハワイ出身者に本土の強制収容所を見学させることとした。彼らは当初「自分達と同年代の女の子達に会える」と喜んでいたものの、有刺鉄線が張り巡らされ、常に監視員が銃を構えているという、刑務所同然の現状を目の当たりにして、如何に本土出身者が辛い状況に置かれているかを知り、対立は解消されることとなった。
1944年10月24日、第34師団141連隊第1大隊(通称:テキサス大隊 テキサス州兵により編制されていたため)がドイツ軍に包囲されるという事件が起こった。彼らは救出困難とされ、「失われた大隊」 (Lost battalion) と呼ばれ始めていた。10月25日には、第442連隊戦闘団にルーズベルト大統領自身からの救出命令が下り、部隊は出動した。10月30日、ついにテキサス大隊を救出することに成功した。しかし、テキサス大隊の211名を救出するために、第442連隊戦闘団の216人が戦死し、600人以上が手足を失う等の重症を負った。救出直後、442部隊とテキサス大隊は抱き合って喜んだが、大隊のバーンズ少佐が軽い気持ちで「ジャップ部隊なのか」と言ったため、442部隊の一少尉が「俺たちはアメリカ陸軍442部隊だ。言い直せ!」と掴みかかり、少佐は謝罪して敬礼したという逸話が残されている。
3.名誉勲章:イノウエが受章した名誉勲章への感状には下記のように記されている。
ダニエル・K・イノウエ少尉は1945年4月21日、イタリアのサン・テレンツォ近郊における作戦中の際立って英雄的な行動によって、その名を残すこととなった。重要な交差点を守るべく(敵が)防御を固めた稜線を(味方が)攻撃している間、イノウエ少尉は自動火器と小銃から浴びせられる射撃をかいくぐって巧みに自身の小隊を指揮し、素早い包囲攻撃によって大砲と迫撃砲の陣地を占領し、部下達を敵陣から40ヤード以内の場所にまで導いた。掩蔽壕と岩塊からなる陣地にこもる敵は、3丁の機関銃からの十字砲火により友軍の前進を停止させた。イノウエ少尉は自らの身の安全を完全に度外視し、足場の悪い斜面を最も近くにある機関銃から5ヤード以内の位置まで這い上がり、2個の手榴弾を投擲して銃座を破壊した。敵が反撃を仕掛けてくる前に、彼は立ち上がって第2の機関銃座を無力化した。狙撃手の弾丸によって負傷するも、彼は手榴弾の炸裂によって右腕を失うまで、至近距離で他の敵陣地と交戦し続けた。激しい痛みにも関わらず彼は後退を拒否して、敵の抵抗が破れ、部下達が再び防御体勢に入るまで小隊を指揮し続けた。攻撃の結果敵兵25名が死亡し、8名が捕虜となった。イノウエ少尉の勇敢かつ積極的な戦術と不屈のリーダーシップによって、彼の小隊は激しい抵抗の中でも前進することができ、稜線の占領に成功した。イノウエ少尉の類まれな英雄的行為と任務への忠誠は、軍の最も崇高な伝統に沿うものであり、また、彼自身やその部隊、ひいてはアメリカ陸軍への大きな栄誉をもたらすものであった。
4.ダニエル・イノウエ上院議員:政治家としての主な役職
アメリカ合衆国上院議員,アメリカ合衆国上院仮議長,米国上院歳出委員会委員長,米国上院通商科学運輸委員会委員長,米国上院原住民問題委員会委員長,米国上院情報問題特別調査委員会委員長,アメリカ合衆国下院議員

[コメント]1945年8月15日の敗戦以来68年,現在の我々日本人が何をなすべきか,という問に対する答えが,日系人部隊の取った行動と精神の中にあると思います。彼らは,戦中強制収容所に監禁された自分たちの家族の名誉と生命を守るために,米国人として,自らの身命をも抛ったのでありましょう。日本本土の特攻隊員が世界中を相手の戦闘において,自爆攻撃を行ったのも,本土で空襲に苦しむ家族達の名誉と生命を守るために,日本人として,自らの身命を抛ったのでありましょう。
現在の日本に生きる我々は何をなすべきでしょうか,再問します。我々は人類全体の名誉と生命を守るために,人間として,生き続けなければならないと考えます。それが戦後68年間の我々の反省であり,今後の行動原理でなければならないと確信します。
(確認:20130120:藍愛和)

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