日本の対外戦争と世界の情勢

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zoom RSS 漸くに 夏の靖国 参拝す

<<   作成日時 : 2012/01/23 05:21   >>

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昨年盛夏七月,久し振りに靖国神社に参拝しました。靖国神社の境内には,大きな鳥居があります。当日は,参道の両側に,黄色の大小の提灯が大きさ毎に整然と並べて,6段から,9段ぐらいにして,掲げられていました。何か催しがあるようでした。やがて,参道の真ん中にある靖国神社創建献策者大村益次郎氏の巨大銅像が目に入ります。
更に,参道を進みますと右側に東京軍事裁判で日本無罪論を展開したインドのパール博士の石碑(2005年建立)が見えて来ます。その石碑には南部利昭靖国神社宮司(2004年9月11日より2009年1月7日まで在任)のパール博士を称える頌が書かれています。
参道の一番奥に拝殿があります。その辺りは英霊を慰霊顕彰するに相応しい厳粛さが漂い,身の引き締まる思いで,二礼二拍一礼の拝礼をしました。

参拝後に遊就館を拝観しました。
遊就館は前回,平成6年(1994)に拝観した時には,掲示の説明に,「中国出兵は居留民保護のためであった。」とのみ記されていました。今回は,このような説明は無くなっています。
代わりに,満州事変の掲示には,どのような説明がなされているか,その大凡をここに書き写します。
「昭和6年9月18日,奉天郊外柳条湖附近の鉄道爆破事件をきっかけに関東軍の一部によって引き起こされた事変で,昭和8年5月31日の塘古(タンクー)停戦協定によって事実上終結した。我が国は日露の戦勝で満州に権益を有していたが,中国のナショナリズムは現行条約にかかわらず外国権益の回収を求め,在留邦人の生命財産を脅かした。このため関東軍は武力を行使し,その結果満州国が樹立された。関東軍の行動は国民に支持されたが,列国はこれに強く反発し,我が国は国際連盟から脱退した。」

遊就館の現在の展示は日本の対外戦争の歴史をありのままに説明しようと努めているのではないか,と感じました。

帰りには,遊就館内の売店で,靖国土産に絵はがきとお菓子を買い,お菓子は家族や親類に贈りました。

靖国の英霊の御魂がとこしえにやすらかでありますよう,祈りたいと思います。

[コメント]靖国神社創建献策者大村益次郎氏については,次回に,説明したいと思います。その銅像をどのように考えるかを抜きにしては,靖国問題を論じることはできないと考えています。
さらに,パール博士の石碑についても,説明したいと考えています。

(記入:12/01/23 05:18 藍愛和)

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