日本の対外戦争と世界の情勢

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zoom RSS パル判決の「勧告」を読む 4.理想と現実

<<   作成日時 : 2008/06/26 10:45   >>

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極東軍事裁判におけるパル判決文中の「勧告」について,共同研究「パル判決書(上),(下)」東京裁判研究会 講談社学術文庫や,インターネットの Wikipedia 等を参照しながら,考察を続けたいと思います。
共同研究「パル判決書(下)」東京裁判研究会 講談社学術文庫からパル判決の「勧告」を前回に続いて引用します。

[共同研究「パル判決書(下)」東京裁判研究会 講談社学術文庫 p.741, 左から 2 行目以下より引用_1]
第七部 勧告(第二次世界大戦直後の国際社会について)
:現在,国際社会がすごしつつあるような艱難辛苦の時代においては,あらゆる弊害の源泉として虚偽の原因を指摘し,それによって,その弊害がすべてこれらの原因に帰すると説得することによって,人心を誤らせることのきわめて容易であることは,実に,だれしも経験しているところである。このようにして人心を支配しようと欲する者にとっては,いまこそ絶好の時期である。復讐の手段に,害悪の性質からみて,それ以外に解決はない,という外貌を与えて,この復讐の手段を大衆の耳にささやくには,現在ほど適当な時は他にない。いずれにしても,司法裁判所たるものは,かような妄想に手をかすべきではないのである。

たんに,執念深い報復の追跡を長引かせために,正義の名に訴えることは,許さるべきではない。世界は真に,寛大な雅量と理解ある慈悲心とを必要としている。純粋な憂慮に満ちた心に生ずる真の問題は「人類が急速に成長して,文明と悲惨との競争に勝つことができるであろうか」ということである。
「引用_1 終わり」

[コメント]
「現在,国際社会がすごしつつあるような艱難辛苦の時代」とパル判事が表現した世界こそ当時の現実の世界であったのです。当時の世界がどのような状態であったかを見るために,先ず, 1945 年日本の無条件降伏によって,第二次世界大戦が終結するまでの大戦による被害状況を調べてみます。
(1) 戦争による死者数:およそ 5,000 万人から 6,000 万人くらいまで,と言われています。国別で多い順に,
1), ソ連 2,200 万人 2). 中国 1,100 万人 3). ポーランド 660 万人 4). ドイツ 520 万人 5). 日本 310 万人 等
となっています。但し,数字は各資料によって,一定しません。
(2) 戦災を受けた都市数:正確な資料はありませんが,ベルリン,東京,ロンドン,レニングラード,モスクワ,南京等,世界の主要な都市が壊滅的な損害を受けました。日本の殆どの都市は空襲によって焼失しました。特に,広島,長崎の原爆被災都市では瞬時に二十万人の人命が消滅しました。
(3) 戦争による経済的損失:第二次大戦各国戦時経済:
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5215/war-economy.htm
によりますと,経済戦争に於いての勝ち組は戦災を受けなかった米国のみで,フランス,ソ連等は自国が戦時占領されたため,決定的な経済的打撃を受け,同盟国や中立国に対して,多額の負債を持ち,戦後,その返済に苦しんだ。戦いに敗れた枢軸国側の経済は勿論壊滅的な打撃を受けた。

第二次世界大戦後の世界情勢は大戦前の国際問題が戦勝国に都合が良いように処理されたため,共産主義対資本主義,宗教対宗教,民族対民族,宗主国対植民地国等の対立する新たな混迷の時代に突入しました。主な事件を挙げます。
1941
英首相チャーチルと米大統領ルーズベルトが大西洋憲章発表。
1945
国際連合成立,米英仏ソ中五ヶ国安全保障理事会常任理事国となる。
1946
スカルノ率いるヴェトナム民主共和国と宗主国フランスとのヴェトナム戦争起こる。
1947
米国がマーシャル・プランを発表。国際共産主義勢力はコミンフォルムの結成宣言。"鉄のカーテン" ,"冷たい戦争" の始まり。
インド連邦,パキスタンの独立。インド・パキスタン戦争が発生し,長い紛争の始まりとなった。
1948
ソ連によるベルリン封鎖と英米仏のベルリン空輸。ティトーの率いるユーゴスラヴィア共産党はコミンフォルムから除名される。
イスラエルの独立。第一次中東戦争
38度線以南の朝鮮半島に大韓民国,以北に朝鮮民主主義共和国が生まれた。
1949
北大西洋条約機構(NATO: North Atlantic Treaty Organization)結成。
中華人民共和国誕生。アイルランド共和国の成立。
1950
中ソ友好同盟相互援助条約が締結された。朝鮮戦争始まる。
1951
ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体条約が締結された。のちのヨーロッパ経済共同体(EEC),ヨーロッパ共同体(EC)の出発点である。
エジプトはイギリスとの条約を破棄。イランは石油の国営を決定し,アングロ・イラニアン会社の施設を接収した。
1952
エジプトでは王政が倒れ,ナセルの率いる革命が成功した。
1955
東ヨーロッパ友好相互援助条約(ワルシャワ条約機構)が成立。経済面でも東ヨーロッパ諸国間に経済相互援助会議(COMECON: コメコン)が成立。
バグダード条約機構(中東条約機構:中東の反共地域ブロック)成立。
1956
スエズ運河の国有化。第二次中東戦争
1959
キューバ革命起こる。
1960
この年はアフリカの年といわれるように,アフリカに相次いで独立国が誕生した。しかし,未だ近代国家としての体裁を整えることさえ出来かねている状態である。

第二次世界大戦の戦前,戦中,戦後,要するに二十世紀は文化・文明の急速な発達によって,社会生活における自由や利便性等は急速に拡大したけれど,人類は世界的規模の戦争を幾つかの国同士で,あるいは世界中の国同士で繰り返し起こしました。それは今も続いています。
戦争の原因は数え切れないほどあるでしょうけれども,主たるものは次の3つに纏められるのではないでしょうか。
[1]資本主義対共産主義の体制間対立
[2]先進植民地主義国と後進植民地主義国間の対立
[3]被植民地国と宗主国間の対立

これら3つの原因によって起こった戦争の具体例については,枚挙にいとまない程でありますが,良く知られた例を次ぎに示します。

戦争辞典
http://www007.upp.so-net.ne.jp/togo/time/index.html
[引用_2]
1904年 日露戦争,〜1905年
1911年 アガディール事件 イタリア・トルコ戦争,〜1912年
1912年 バルカン戦争,〜1913年
1914年7月28日 第1次世界大戦,〜1918年11月11日
1918年3月 ソンムの戦い,〜9月
1918年 アルメニア・アゼルバイジャン戦争 シベリア出兵
1919年 アフガン戦争 ギリシア・トルコ戦争
1931年9月18日 満州事変 柳条湖事件(柳条溝事件)
1931年 三月事件 15年戦争,〜1945年
1932年 チャコ戦争,〜1935年
1935年 エチオピア戦争,〜1936年
1937年7月7日 盧溝橋事件 日中戦争,〜1945年
1939年9月1日 第2次世界大戦,〜1945年9月2日
1941年12月7日 真珠湾攻撃
1946年5月3日 極東国際軍事裁判,〜1948年11月12日
1947年10月22日 第1次印パ戦争 ,〜1949年
1950年6月25日 朝鮮戦争,〜1953年7月27日
1955年 オーストリア国家条約 サイプラス紛争,〜1959年 スーダン内戦,〜1972年
1956年10月29日 第2次中東戦争,〜11月7日
1958年 日ソ通商条約 米英相互防衛協定 レバノン出兵
1959年3月10日 チベット動乱
1959年 チベット内乱 中印国境紛争,〜1962年 ラオス内戦,〜1975年
1961年 オーアーエス,〜1962年 キューバ侵攻 クウェート出兵 ゴア紛争
1962年10月16日 キューバ危機,〜1962年10月28日
1962年 アナディル作戦 イエメン内戦,〜1969年 ヴェネズエラの反乱活動,〜1963年 エチオピア内戦,〜1993年 プロヒューモ事件
1965年2月7日 アメリカ軍、北爆開始
1965年 第2次印パ戦争,〜1966年ドミニカ共和国内乱 南ローデシア紛争,〜1979年
1967年6月5日 第3次中東戦争,〜6月10日
1967年 アメリカ軍、ハワイとパナマ運河周辺で毒ガス実験 ナイジェリア内戦,〜1970年 ビアフラ内戦,〜1970年
1969年3月 珍宝島事件(ダマンスキー島事件)
1969年 中ソ国境紛争 北アイルランド紛争,〜1998年
1970年 カンボジア内戦,〜1975年
1971年 第3次印パ戦争
1972年1月30日 血の日曜日事件(北アイルランド)
1973年 第4次中東戦争
1974年 トルコ軍キプロス侵攻
1975年 アンゴラ内戦~1991年,チモール内戦~1978年,ナミビア独立紛争~1990年,モザンビーク内戦~1991年,レバノン内戦
1977年 エチオピア・ソマリア紛争~1978年,ベトナム・カンボジア紛争~1991年
1978年 南北イエメン紛争~1979年,ペルー・エクアドル武力衝突
1979年 中越戦争
1979年 アフガニスタン紛争~1989年
1980年 イラン・イラク戦争~1988年
1983年6月6日 レバノン紛争
1984年 トルコ・クルド紛争
1988年 ソマリア内戦,ナゴルノ・カラバフ戦争~1996
1989年12月20日 アメリカ軍のパナマ侵攻
1989年 リベリア内戦~1997年
1990年 湾岸戦争~1991年
1990年 ルワンダ内戦~1994年
1991年 アブハジア紛争,クロアチア内戦~1995年,シエラレオネ内戦~2002年,スロヴェニア内戦
1992年 タジク紛争~1997年,ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦~1995年
1993年 イスラエル軍のレバノン攻撃
1993年 ブルンジ内戦~2006年
1995年1月 26日 ペルー・エクアドル武力衝突
1997年 カンボジア武力衝突~1998年,コンゴ共和国内戦,シエラ・レオネ紛争~1998年
1998年 アンゴラ内戦,エチオピア・エリトリア紛争~2000年,ギニア・ピサオ内戦,コソボ紛争~1999年,コンゴ民主共和国内戦~1999年,シエラ・レオネ内戦~1999年
1999年3月25日 ユーゴ空爆
1999年9月29日 ロシア軍のチェチェン領内侵攻開始
1999年9月 東ティモール争乱
[引用_2 終わり]

パル判事が衷心から発した問いかけ,「人類が急速に成長して,文明と悲惨との競争に勝つことができるであろうか」に, 20 世紀の世界歴史は肯定的な解答を与えることができませんでした。そして, 21 世紀においても,未だ肯定的な解答を人類は見出すことができないままです。

パル判事の判決文によって,日本の昭和戦争における戦争責任や戦争犯罪が許されるとは考えられません。それが世界の現実です。その現実としての 20 世紀の戦争を列挙しました。パル判事の判決文は理想を述べたに過ぎませんが,理想を持つことは大切です。我々日本人が 21 世紀の現時点において持つことが出来る,しかも,持たなければならない理想とは平和的民主主義を堅持することです。日本人はこの理想のために,全てを捧げたいものです。パル判事の判決文に掲げられた理想を日本人は誤解しないことが肝要である,と私は考えます。
(記入: 08/06/26 10:42 藍愛和)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/yudayasensou.htm

↑ユダヤ金融資本と第二次世界大戦の関係について書かれています。
 ホームページの作りがやや胡散臭く感じられるかもしれませんが(笑。

ちなみに、記事の元はここです↓

http://dokuritsutou.main.jp/

リチャード・コシミズという方がやってるこのサイトには、911やオウム事件の真相と背景、ユダヤ金融資本による世界と日本の支配構造、世界のエネルギー問題を一発で解決する「常温固体核融合」という技術の紹介、日本国内に巣食う二大カルト宗教の実態などなど、本当にためになる情報があります。

お時間ありましたら、是非。

突然の厚かましいコメント、失礼しました。

では、さようなら!!
通りすがり
2009/02/04 21:05
通りすがりさん,今日は。

>http://dokuritsutou.main.jp/

拝読しました。排除の論理は,公序良俗に反しなければ私にはありませんので,コメントを削除しません。従って,貴方のコメントを削除しないことによって,私が貴方の意見に同意したことにはならないことを御承知下さい。

出来れば,何故各種団体・個人について,排除されようとしているのか,この根拠を示して頂ければ幸いです。
その根拠について,議論することを私は避けるつもりはありません。

藍愛和
2009/02/07 15:16

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