日本の対外戦争と世界の情勢

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zoom RSS パル判決の「勧告」を読む 3.ナポレオン

<<   作成日時 : 2008/02/24 15:14   >>

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極東軍事裁判におけるパル判決文中の「勧告」について,共同研究「パル判決書(上),(下)」東京裁判研究会 講談社学術文庫や,ブリタニカ国際大百科事典,インターネットの Wikipedia 等を参照しながら,考察を続けたいと思います。
共同研究「パル判決書(下)」東京裁判研究会 講談社学術文庫からパル判決の「勧告」を前回に続いて引用します。

[共同研究「パル判決書(下)」東京裁判研究会 講談社学術文庫 p.727, 第 9 行以下 より引用_1]
第七部 勧告
(第 1 行から第 8 行までについては,既に前回の「2.全員無罪」において引用しました。今回はその続きです。)
本件(東京裁判で起訴された事件)の取り上げかたとして可能なる道がたしかに一つあるのであるが,本官はいまだそれには触れていない。戦勝国は,日本の軍事的占領者として「公共の秩序および安全を確保する」ために一九○七年のハーグ条約第四の第四十三条にもとづいて行動することができまたこの権力は戦勝国にたいして,かような行動をとるにいたるべき情況と,その目的のために戦勝国が必須と考える行動とを定める権利を与えているといわれている。
まずナポレオン・ボナパルトの事例があげられ,それから一九○七年のハーグ条約第四十三条があげられたうえ,世界公共の秩序および安全を確保するために,戦勝国は,いかなる被告にたいしても将来かれがなんらか害する可能性がすこしでもある,いかなる生活の分野からもこれを除去するあらゆる権利を有するものであると主張されている。
本官は,これは事実上法律的正義を口実として戦勝国の政治的権力に訴えるものであると信ずるのである。これはたんに「便宜の問題をもって合法性の欠如を補う」にすぎないものである。
本官は,すでにナポレオン・ボナパルトの事例をあげ,いかにこの時代においてさえ,かれの事件で生ずる正確な法律的な立場に関して,相当な困難が感ぜられ,疑念が抱かれたかを指摘したのである。ナポレオンの拘禁という最後の措置をとった者はは,この目的のためにかれらの属する国家の立法府から得たある権限を具備することが必要なことを知ったのである。ジョージ三世治世第五十六年度法律第二十二号および二十三条はこの権限を賦与するために制定されたものである。
一八一八年エックス・ラ・シャベルの会議において連合国はナポレオンにたいする措置をとるにあたり,その事件は国際法の適用範囲外であるという仮定のもとに行動を進め,かよな仮定をする理由を述べたのである。本官は国際法の目的のためにわれわれがかれの事件から,利用価値のあるどのような原則をひきだすことができるか了解できない。この事件(ナポレオン事件)はきわめて狭い内包範囲しかもたない特定の規則をうみだすにすぎず,また本官の意見では,その外延範囲も極度に限定されたものである。もとより,かような法則でさえも,時としてはその元来の論理的な内容によって包括される分野を越えて適用しうるということについて,われわれは疑いをさしはさまない。しかし,かような外延的適用はその元来の分野と実質的,根本的に異なった分野にまで延長してはならない。
本官はヒットラー一派の立場を知らない。あるいはかれらの場合をナポレオンのそれと同一視することができたかもしれない。
連合国は,ボナパルトがフランス統治権を簒奪するのを阻止するために武力を行使することは,国際法によって正当化されているものと考え,この正当化事由によって,フランスそのものが連合国の敵でないときに,ボナパルトとかれの追従者にたいして連合国の敵として戦争を行ったのである。ボナパルトはたんに「一般に認められた政治的性格のない無形の力の長」にすぎないものと名付けられ,したがって文明国によって公的権力に当然与えられる利益および礼儀を要求する権利がないとされた。もしヒットラー一派がドイツの立憲政治を完全に窒息させ,かれら一派の裁判において証拠として提出されたような方法と程度において権力を簒奪したとしたならば,右のボナパルトの立場がまたヒットラー一派の立場であったならばおそらく両者のいずれの場合においても,そのいわゆる国家は,−−もしそれを国家と呼びうるとすれば−−社会の趨勢の影響から離脱し,意識的にその社会と相対立する立場に立つことに成功したものである。本件の被告の場合は,ナポレオンやヒットラーのいずれの場合ともいなかる点でも同一視することはできない。日本の憲法は完全に機能を発揮していた。元首,軍人および文官はすべて社会のいつもと変わらず,また常態を逸しないで,相互関係を維持していたのである。国家の憲法は社会の意思との関係においては従来と同様の形のまま存続して。輿論は非常に活発であった。社会はその意思を効果的にするための手段をすこしも奪われていなかった。これらの被告は憲法に従い,また憲法によって規定された機構を運営するためにだけ,権力ある地位についたのであった。かれらは終始輿論に服し,戦時中においてさえも輿論は真実にかつ活発に役割を果たしたのである。今次行われた戦争はまさに日本という国の戦いであった。これらの人々はなんら権力を簒奪したものではなく,たしかにかれらは連合国と戦っていた日本軍の一部として,国際的に承認された日本国の機構を運営していたにすぎなかったのである。
一九○七年の第四ハーグ条約第四十三条の訴えることは,なるほどこれらの人々を裁判するための口実を求めようとするように見えるかもしれない。戦争犯罪人の処罰に関する審議の出発点は,一九○七年十月十八日の第四ハーグ条約でなければならないと,われわれはいわれている。この条約は本質的に近代ヨーロッパ学識の産物であり,それゆえに本質的に近代ローマ法および近代ローマ法典編纂の伝統を反映していると唱えられている。さらにまたこの条約の解釈にあたって,法律的または法学的方法に関する米英の概念だけに従うとか,あるいは法における目的の役割に関する近代法理論を看過するとかすれば,それは同条約の趣旨を歪曲または誤解することになると,われわれにたいしていわれている。もしこの条約の解釈および執行が,法律的方法に関するローマ法学者的概念ならびに条約それ自体の本文そのものに述べられている目的または目標に従ってなされなければ,条約そのものは無効果となって歪曲されであろう。
[引用_1おわり]

[コメント]
パル判事は「本官は,すでにナポレオン・ボナパルトの事例をあげ,いかにこの時代においてさえ,かれの事件で生ずる正確な法律的な立場に関して,相当な困難が感ぜられ,疑念が抱かれたかを指摘したのである。」と書かれていますが,これについて,「東京裁判下巻」 朝日新聞法廷記者団著 第七篇(二) パル(インド代表)意見書 第一部予備的法律問題 I.個人責任 (p.427 以下) から引用します。

[引用_2]
この著者(英国人グルュック博士)はナポレオンの例を挙げて,当時の諸列強が,「ナポレオンは自己を市民としての関係及び社会的関係の圏外においたこと,そして世界の敵として,また世界の犯罪人として社会による復讐を甘んじて受けなければならないことになった」(原文は,[ナポレオンは「自己を市民としての関係及び社会的関係の圏外においたこと,そして世界の敵として,また世界の犯罪人として社会による復讐を甘んじて受けなければならないことになった」])と宣言した事情を指摘している。もし連合国がプロシアのブリュッヘル元帥の勧告を容れていたならば,ナポレオンは右の宣言に基づいて,「法的保護喪失者」として即座に射殺されていたであろう。
本官はここで時間を割いて,この見解を国際法の規定に照らして吟味する必要を認めない。唯この点に関して,今日の国際法が,当時の同じ状態にはないこと,そし戦勝諸国の有するいろいろの傾向は戦敗国の無力という事実によって,妨げられることはないにしても,それらの傾向が,法律的義務の意識によって影響されない各種の決意を表明するかもしれないが,かような決意を法と混同すべきではないということを述べれば充分であろう。
[引用_2おわり]

パル判事はナポレオンに関連して,戦前の日本につき,「これら(東京裁判)の被告は憲法に従い,また憲法によって規定された機構を運営するためにだけ,権力ある地位についたのであった。かれらは終始輿論に服し,戦時中においてさえも輿論は真実にかつ活発に役割を果たしたのである。今次行われた戦争はまさに日本という国の戦いであった。」と,主張しています。

この主張については,正しい部分もありますが,全体としてあたかも戦時中の日本が民主主義的に統治されていたような印象を現在の日本人に抱かせるのではないか,ということを私は危惧します。

日本政府・軍部は昭和 13 年には,国家総動員法:
http://hb4.seikyou.ne.jp/home/okinawasennokioku/okinawasentoyuujihousei/kokkasoudoinhou.htm
昭和 16 年には戦陣訓:
http://archive.hp.infoseek.co.jp/senjinkun.html
敗勢となった昭和 20 年には,本土決戦:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%9C%9F%E6%B1%BA%E6%88%A6
昭和 20 年には,一億玉砕:国民義勇隊:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E6%B0%91%E7%BE%A9%E5%8B%87%E6%88%A6%E9%97%98%E9%9A%8A
との方針を施行し,又,表明しました。このような狂気としか考えられないような国家体制や対外戦争方針を可能にしたのが,日本人の誤った神国思想に基づく対外国差別意識と,天然資源に乏しい狭い国土に住むが故の飢餓や経済恐慌に対する恐怖に基づく対外膨張願望であった,と私は考えます。
明治維新以来の日本の政治制度は大化の改新を手本とする,建前としては天皇親政の立憲君主制でした。明治以来の日本の政治・軍事・社会・宗教等において特異な点をいくつかあげます。
1.大日本帝国憲法:
http://ja.wikisource.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%B8%9D%E5%9C%8B%E6%86%B2%E6%B3%95
には,天皇について,
第一章 天皇 第三條 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
と定めています。建前として,天皇は現人神にして全能であった。
2.軍部は統帥権独立:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B1%E5%B8%A5%E6%A8%A9
の名の下に独断専行して,日本を軍事政権国家へと変質させた。
3.封建時代の身分制度は明治維新によって,一応四民平等:
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/siminnbyoudou.htm
とされたが,なお,差別は社会の至る所に存続していた。
4.神道:
http://www.miyagawa.com/dictionary.php?topic=010070
は明治維新以来宗教ではないとして,国家権力による管理・運営がなされ,国民は全て,神社を崇敬しなければならないとされた。
5.人口過多と狭い国土については,日本の対外戦争と世界の情勢 日露戦争・その六:
http://aiaiwa.at.webry.info/200609/article_1.html
で,次のように私は書いている。
「日本の人口密度が高いことは良く知られていますが世界一ではありません。ブリタニカ 項目:日本p.147 によりますと、1980(S55)年時ホンコン、シンガポールは別にして、韓国 388人/km^2, オランダ 346人/km^2, ベルギー323人/km^2, 日本 314人/km^2 となっています。実は日本が世界一なのは耕地1ヘクタール当たり人口密度で 27.1 人となっています。そしてオランダのそれは 18.4 人であります。」
少子化に悩む現在でも人口数は世界上位の10番目に位置している。産めよ増やせよの戦前も亦人口数は世界の上位にあったと思われる。
6.経済恐慌と凶作による飢餓の恐怖が常につきまとった:
ArakiLabo:
http://www.araki-labo.jp/jecono01.htm
 1890(M23)年 1889年に日本最初の経済恐慌、1890年に米騒動。
 1900(M33)年 翌年にかけて日本最初の金融恐慌、全国的に銀行界の混乱。
 1910(M43)年 経済不況でストライキ続発。大逆事件。
 1920(T9)年 第一次世界大戦の戦後恐慌はじまる。
 1930(S5)年 昭和恐慌が始まる。(1930−32年)
荒廃する東北農村:
http://www.geocities.jp/showahistory/history01/09d.html
東北地方が凶作に見舞われた年:1869(M2)年,1902(M35)年, 1905(M38)年,1910(M43)年,1913(T2)年,1921(T10)年,1931(S6)年,1934(S9)年
恐慌と飢饉は忘れない内に定期的に常にやってきた。

パル判事の言葉は我々現在の日本人の耳には快い響きを伝えます。しかし,その快感に浸って,日本がアジアを始め世界の人々に与えた昭和の戦争による苦痛と損害を忘れることは,我々には許されていません。このことを日本人に取って負の遺産とのみ考えるのは短絡的な態度であると考えます。昭和の戦争の責任を感じ続けることによって,我々日本人は世界に向かって,侵略戦争の絶滅を叫ぶことが可能となるのではないでしょうか。欧米宗主国がアジアを始め世界の植民地を解放せざるを得なかった原因の一つは日本の「狂気」とも呼ぶべき対欧米戦争であった,と私は考えます。我々日本人は平和的な民主主義国の国民として誇りを持って二十一世紀以後を生きることができる,と私は確信します。
(記入: 08/02/24 15:58 藍愛和)

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