日本の対外戦争と世界の情勢

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zoom RSS ニッポン大好きクラブの者さんへ

<<   作成日時 : 2007/09/08 17:42   >>

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ニッポン大好きクラブの者さん 2007/09/07 17:10
藍愛和さんへ。「「百人斬り新聞報道」問題」について
http://oheohehe.at.webry.info/200709/article_149.html
>藍愛和さんこれで私の答えはおしまいです。
(注: 070910 16:34 現在,「藍愛和さんへ」というニッポン大好きクラブの者さんの記事にアクセスすることができなくなっています。というよりは削除された可能性があります。私の思い違いなら,何方でも御訂正頂ければ幸甚です。 記入:070910 16:36 藍愛和) 

長文のコメントを頂き,有り難うございます。しかし,以後の議論を停止されようとしています。残念です。ニッポン大好きクラブの者さんのお答えに対しコメントをする用意はいつでも出来ていますが,停止が御希望とあればしかたがありません。コメントは控えさせて頂きます。

唯,その後に以下の御忠告がありますが,それに対してはコメントする責任があると考えます。

ニッポン大好きクラブの者さん 2007/09/07 17:10
>現在の常識で戦時下の人々の行動の正否を判断する事は、時代、時代で常識が異なる為、無理があります。
>そしてできる限り余分な言葉を削り語る事をお勧めします。
>言葉を多用すればするほど相手に伝わりません。
>これで終了します。
>今後は私以外の話し相手とお願いします。
>私は現在と未来を語りたいと思います。
>過去は修正できませんし、議論を重ねても幾つも結論が出てしまうものです。
>それ故に非難合戦、不毛な議論、水掛け論になり私のブログの目的とは大きくかけ離れていきます。
>歴史論争、特に先の大戦についての議論はお互い人のふんどしで相撲を取るようなものです。

現在の常識で過去の出来事を判断できないのなら,何故歴史を学ぶのでしょう。歴史というのは,誰かの「歴史」なるものを単に丸暗記することで事足るのでしょうか。歴史認識問題が今日程日常的に語られる時代はなかったと思います。民主主義の時代だからこそ,誰かの「歴史」ではなく,自らの資料と判断によって歴史を批判的に学ぶ必要があります。
一,二の例を挙げましょう。例えば明治維新については,第二次大戦までは所謂薩長史観によってしか語られませんでした。現在は佐幕派からの所謂東北史観によっても語られるようにもなりました。明治・大正・昭和の各時代を通じて東北地方の若い女性達がどれだけ多く,都会の遊郭などに売春婦として人身売買されたでしょうか。野村胡堂の名作「銭形平次捕物控」には遊女の話が出て来ないと言われています。東北出身の胡堂には東北出身者の多い遊女を語ることはあまりにも辛いことであったのでしょう。同じように,昭和戦争史については,戦中権力者層につながる勢力の中には大東亜共栄圏史観によってしか語らない一部勢力があります。勿論現在は戦後の民主主義史観によって語るのが大勢となっていますが。ニッポン大好きクラブの者さんのような歴史の勉強の仕方では昭和戦争史は大東亜共栄圏史観でしか語ることができなくなります。このようなことが許されるでしょうか。過去の歴史を反省的に学ばないということは奴隷差別,身分差別,民族差別,人種差別,障害者差別,性差別,財産差別,宗教差別,侵略戦争等人類の負の遺産を子々孫々に渉って引き継ぐことであります。現在の全ての人類はあらゆる努力を傾けて差別,憎悪,戦争等の負の連鎖を断ち切る必要があると考えます。

「そしてできる限り余分な言葉を削り語る事をお勧めします。言葉を多用すればするほど相手に伝わりません。私は現在と未来を語りたいと思います。過去は修正できませんし、議論を重ねても幾つも結論が出てしまうものです。それ故に非難合戦、不毛な議論、水掛け論になり私のブログの目的とは大きくかけ離れていきます。」というコメント内容についてはニッポン大好きクラブの者さんの個人的判断であり,ニッポン大好きクラブの者さんの自由です。

ニッポン大好きクラブの者さんが自由であるように,私も自由に自分のやり方で議論させて貰います。私自身は過去・現在・未来の個人的なことから地球的・宇宙的なことまで全ての時空間の問題について,根拠を挙げて丁寧に説明することがブログを利用する者の務めと考えています。例えば,「私は現在と未来を語りたいと思います。過去は修正できませんし、議論を重ねても幾つも結論が出てしまうものです。それ故に非難合戦、不毛な議論、水掛け論になり私のブログの目的とは大きくかけ離れていきます。」というニッポン大好きクラブの者さんの書き方では飛躍が有り過ぎて,「私は現在と未来を語りたい。」という過去を語ること不要との主張が短絡的な結論である危険性が多いにあり得ることを私は恐れます。
(記入:07/09/08 17:38 藍愛和)

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早速ですが、Mr.childrenの未来という曲。 ...続きを見る
見つめる先はいずこ?
2007/09/08 19:10

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
互いに長文で読み切れていないのにしゃしゃり出るのもどうかと思ったのですが、気になった点を一点だけ。
>>現在の常識で戦時下の人々の行動の正否を判断する事は、時代、時代で常識が異なる為、無理があります。
>現在の常識で過去の出来事を判断できないのなら,何故歴史を学ぶのでしょう。
これですが、たとえば30年後、ブログやネットに書き込む行為そのものがが悪だということが常識になったとして(たとえばこれは今でも2chとかが批判されていたりしますが)、30年後の若者に30年前に藍愛和さんがネットで書き込みしていた事実をもって罪人としてつるし上げたとしたら、それはどう感じるでしょうか?その若者の主張は正当なものでしょうか。
現在の常識に照らして過去を見るのはかまいませんが、その向こうで当時の常識や状況を無視して議論しても何も得るところはないのではないかと思います。
とおりすがり
2007/09/09 00:05
とおりすがりさん,今日は。
>現在の常識に照らして過去を見るのはかまいませんが、その向こうで当時の常識や状況を無視して議論しても何も得るところはないのではないかと思います。

コメント有り難うございます。ブログやネットの話も興味がありますが,長くなりそうです。上に引用した結論部分についてコメントしたいと思います。

歴史の勉強をするとき,過去の当時の常識や状況そのものを,可能な限り客観的且つ広範な資料に基づいて正確且つ公正に判断しなければならないと思います。
藍愛和
2007/09/09 07:14
(続きです)
この事は現在・未来について語る場合も同様に必要な心構えと考えています。何故なら,現在・未来について語る場合も常に「現在・未来も修正できませんし、議論を重ねても幾つも結論が出てしまうものです。それ故に非難合戦、不毛な議論、水掛け論になりニッポン大好きクラブの者さんのブログの目的とは大きくかけ離れていきます。現在・未来についての議論もお互い人のふんどしで相撲を取るようなものです。」という恐れは充分にあり得るからです。

ブログ記事作成において,大切なことは過去・現在・未来の時間軸ではなく,作成に当たる各個人の客観的且つ公正であろうとする心構えではないでしょうか。
藍愛和
2007/09/09 07:16
こんにちわ 歴史大好きの 憂える浩です よろしく 僕の記事の最初のあいさつ文からヤフーブログに飛んできてね この記事の内容には穏健なものを感じます
憂える浩
2007/09/09 11:06
憂える浩さん,今日は。

御招待有り難うございます。早速訪問させていただきました。大変興味あるブログと感じました。
これからも宜しくお願いします。
藍愛和
2007/09/10 13:37

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