日本の対外戦争と世界の情勢

アクセスカウンタ

zoom RSS 日露戦争・その三

<<   作成日時 : 2006/06/25 09:11   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

日露戦争(1904(M37)/2-1905(M38)/9)直前の対欧米外交交渉について、外務省編纂・外務省蔵版 日本外交文書 第三十六巻自明治三十六年一月至明治三十六年十二月 第一冊 日本国際連合協会発行 事項一 満韓に関する日露交渉一件 から引用します。大日本帝国の清韓両国に対する方針は、英米両国によって濃淡の差はありますが、それぞれの植民地政策と利権獲得のための世界戦略に則った形で支持されました。英国は日英協約(1902(M35)年)の方策に則って日本を全面的に支援しました。米国は例によって、「独立」と「自由通商」の旗印の下、しっかりと経済的利権を確保し、極東アジア情勢をコントロールするために、日本の方策に反対しませんでした。
各文書の最初にある [7/1二]等は[1903(M36)年7月 1 日付け文書二]等を表します。

[7/1二]小村寿太郎外務大臣より在英国林菫公使宛 満州問題の解決に関し我が方の見解を述べて英国政府の意向及び措置に付き問い合わせ方訓令の件
July 1st 4-40 p.m. Hayashi, London.
29. You are instructed to read in strict confidence the following to the Marquis of Lansdowne as an instruction from me to you and you are authorized to leave with him a copy of the same if he so desires:-
"The Imperial Govt. observed with close attention the development of affairs in Manchuria and they view with grave concern the present situation there.
So long as there were grounds for hope that Russia would in good faith carry out her engagements to China and her assurances to other Powers on the subject of the evacuation of Manchuria, the Japanese Govt. maintained an attitude of watchful reserve. But the recent action of Russia in formulating new demands in Peking and in consolidating rather than relaxing her hold upon Manchuria, compels the belief that she has abandoned the intention if she ever seriously entertained it, of retiring from Manchuria.
The unrestrained permanent occupation of that territory by Russia would create a condition of things prejudicial to those interests the defence of which was the object of the Anglo-Japanese Alliance. History teaches that such occupation would be destruction of the principle of equal opportunity. It would manifestly be an impairment of the territorial integrity of China. Finally it would be a constant menace to the independence of Corea, which Japan is bound to maintain at all hazards as a contrivution to her own repose and safety. (以下略)”
Strictestsecrecy is required.
Komura

(概訳)
7月1日午後4時40分
林公使 倫敦 宛
29.貴官は本大臣から貴官への訓令として下記文書を断固たる態度を以てランスダウン侯に読み聞かせるべく指示されている。そして貴官は若し侯がそのように希望するなら、同文書の写しを侯に渡すべく委任されている。
「我が帝国政府は細心の注意を以て満州問題の進展を観察してきた。そして、我が政府は重大な憂慮を以て満州での現状を考察している。
露国が清国への約束と満州撤兵問題に関する他の列国への保証とを誠実に実践するであろうという希望に根拠があるとし得る限りは、日本政府も注意深く見守るという自制的態度をとり続けるであろう。しかし、北京に於いて新要求を公式提示しようとするとか、満州支配の軽減どころか寧ろ強化しようとするとかの露国の最近の行動は、露国が嘗て熱心に唱導しているかのように見せようとしていた満州撤兵の意思を放棄してしまったのではないかとの疑念を増幅せしめる。
露国による該地域の我が儘な永久的占領は日英協約がその確保を目的とする両国の利権に対して有害な諸般の状況を作り出す恐れがあるであろう。歴史はかかる占領が機会平等の原則の破壊となるであろうことを教えている。その占領は明白に清国領土保全に対する侵害であろう。最終的には、その占領は朝鮮独立に対する恒常的脅威であろう。その朝鮮独立は日本が自身の平和と安全に貢献すべきものとして万難を排して保持すべく苦心惨憺している。(以下略)」
最高級秘密厳守
小村外務大臣より

[7/8四]在英国林公使より小村外務大臣宛 満州問題の解決策に関し英国外務大臣と累ねて会談の件
London, July 8th 3-45 p.m. Rec'd., " 9th 3 "
Komura, Tokio.
32. (Special) I saw Marquis of Lansdowne 七月八日. He told me that British Govt. appreciate good will of Japanese Govt. in communicating their views about the settlement of Manchurian question and inquiring those of British Govt. He then asked me in view of U.S.'s asserting herself in maintenance as she is doing now of open door principle in Manchuria, especially in insistence upon opening to foreign trade of certain places there and upon admitting foreign consuls to reside therein. whether Japanese Govt. will permit British Govt. who is desirous to support U.S. in these actions to communicate to U.S. in strict confidence that Japan has approached England on the subject stated in your telegram 29, so that England, Japan and U.S. may possibly act not in cooperation as U.S. always deprecate it, but in the same direction. His Lordship further said that in order to make the way clearer for taking further action he would like that Japanese Govt. will impart to British Govt. more details of the proposals which they intend to make to Russia, especially in regard to definition of the respective interests of the two Powers to be affected and so-called certain defined measures which are to be taken for the protection of those interests when endangered. (以下略)
Hayashi

(概訳)
倫敦7月8日午後3時45分 受信同月9日同3時
小村外務大臣 東京 宛
32.(特別)私は7月8日ランスダウン侯と会見した。彼は英国政府が、我国の満州問題解決方針伝達と英国政府方針斟酌とに於ける日本政府の誠意を評価している、と私に語った。ランスダウン侯は更に合衆国の主張、即ち、合衆国は彼の国が満州における門戸開放原則について今もなしつつあるが如き主張、特に満州の適地における通商の開始とか当該地居留の外国領事の認可とかへの要請に於いて頑なに自己主張しようとしており、そして英国政府は、貴電信 29 において述べられた満州問題について英国に話した時の日本の断固たる態度と同じ断固たる態度で英国が合衆国と話し合い、合衆国の上記諸行動について合衆国を支持したいと英国政府は考えているが、その英国政府の行動を日本政府は黙認するのかどうか、そして黙認するのならば英国・日本・合衆国三国は恐らく、常々合衆国が不賛成を唱えているような「共同作戦」ではなくて、「同一指針」の下に行動することが可能なのであろうが、その合衆国の主張についての我が国の方策について私に訊ねた。
ランスダウン侯は、その上更に、今後なお将来において取るべき方法をより明確にするために、彼は日本政府が露国に対して為さんとする申し入れの更なる細部、就中、日英二国が関係すると考えられる相互の利権と、利権が危険にさらされた時にそれを防御するために取られる所謂確実で限定的な諸方策の内容に関して、日本政府が英国政府に細大漏らさず伝達するであろうことを好むであろうと述べた。(以下略)
林公使より

[10/5二五]小村外務大臣より在露国栗野慎一郎公使宛 露国公使より露国対案提出の件 十月五日午後五・二十発 栗野全権公使宛 小村外務大臣より 第一五五号
露国公使は本月三日旅順より帰来せるが、当日、本大臣を来訪しアレキシエフ総督及び同公使より提出の上露国皇帝陛下の允裁を経たるものなりとて、左記露国対案を手交せり。
露国対案
第一条 韓帝国の独立並びに領土保全を尊重することを相互に約すること。
第二条 露国は韓国に於ける日本の優越なる利益を承認し並びに第一条の規定に背反することなくして韓国の民政を改良すべき助言及び援助を同国に与うるは日本の権利たることを承認すること。
第三条 韓国における日本の商業的及び工業的企業を阻礙せざるべきこと、及び第一条の規定に背反せざる限り右企業を保護するが為に採られたる総ての措置に反対せざるべきことを露国に於いて約すること。
第四条 露国に知照の上、右同一の目的を以て韓国に軍隊を送遣するは日本の権利たることを露国に於いて承認すること。但し右軍隊の員数は実際必要なるものを超過せざるべきこと。且つ右軍隊は其の任務を果たし次第直ちに召還すべきことを日本に於いて約すること。
第五条 韓国領土の一部たりとも軍略上の目的に使用せざること、及び朝鮮海峡の自由航行を迫害し得べき兵要工事を韓国沿岸に設けざるべきことを相互に約すること。
第六条 韓国領土にして北緯三十九度以北に在る部分は中立地帯と見做し両締約国孰れも之に軍隊を引き入れざるべきことを相互に約すること。
第七条 満州及び其の沿岸は全然日本の利益範囲外なることを日本に於いて承認すること。
第八条 本協約は従前韓国に関して日露両国の間に結ばれたる総ての協定に替わるべきこと。

[12/31五二]在米国高平小五郎公使より小村外務大臣宛 日露関係に対し国務省意向報告の件 十二月三十一日華盛頓発三十七年一月一日東京着 小村外務大臣宛 在米高平全権公使より 第九六号
貴電第四五号(註)に関し国務長官は猶引き籠もり中につき、本官は十二月二十三日を以て国務省第一次官に向け、御訓令の通牒を致したるに同官は十二月三十日を以て本官に語りて曰く、貴国の通牒は之を大統領に進達を遂げ、今や拙者は下の如く述べ得る場合に至れり。即ち日本政府が平和の為多大の注意を用いらるるは合衆国政府に於いて大いなる満足を以て認識する所にして、合衆国政府は戦争の起こらざらんことを誠心希望すと。
(註)小村外務大臣第四五号十二月二十三日発電合衆国政府へ日露交渉の真相通知方の件

[コメント]小村寿太郎外務大臣の猪突猛進の勢いは、此処に於いても止まる所を知りません。在英国林公使とやりとりした電文二通のそれぞれの一部を英文で示しました。そこから、両外交官の興味津々たる遣り取りの機微を読み取って頂けるなら、望外の喜びであります。英語は苦手の私が素人の直感で概訳を付けました。却って原文の持つ味わいを傷つけたであろう事を恐れます。私自身の勉強のために怪しげな駄文をお目にかけることになりました。
尚、他に二つの文書を転載しました。合わせて四通の文書から、日露英米の満韓問題に対する各国それぞれの本音と建て前を、ほんの一部ではありますが、明確に感知することが可能でありましょう。私なりに纏めてみました。
1.小村寿太郎外務大臣は露英米三大世界強国に対して、一歩も下がらず毅然たる外交姿勢を堅持していました。そして又、建て前は別にして日本の満韓問題処理方針は露英米の満韓問題処理方針の底に隠れている植民地主義国的本音と全く同一でありました。後年、近代中国建国の父と称される孫文氏が用いた表現を借りれば、日本は欧米植民地主義者に対する「亜州独立の干城」となるよりは、彼等同然の「清韓侵略の鷹犬」となったのでありました。
(孫文氏の本意とはズレているかも知れませんが、悪しからず御賢察下さい。)

2.露国は清韓独立を標榜しながら、新興国日本を軽くあしらい、不凍港獲得を狙って、バルカンで果たせなかった南下政策の夢を極東アジアで実現しようとしていました。

3.英国は南阿戦争が終結したばかりで、アジアでの紛争に迄は介入するつもりは無かったのでしょう。日清戦争や北清事変に於ける日本の働きを認めて、露国の南下阻止のために日本の野望を黙認しました。犠牲者を出すのは日露両国で、英国は無傷で利権を増やすことが出来たからでありましょう。

4.米国は静かにアジアの戦雲を注視していました。自らの植民地を世界規模で獲得し、残る極東アジアについては、支配するには日清韓ともに人間が多すぎることを恐れたのでしょう。世界には共産主義という名の妖怪がその巨大な姿を現実に見せ始めていました。米国は善意の第三者として、無傷で利権を増やすチャンスを待っていました。但し、米国は英国とは異なり、日露両国の何れの野望をも別段挫こうとはしませんでした。何れが満韓を支配しようと、米国は如何様にも対応して確実に利権を手に入れる自信があったのでありましょう。1895(M28)年の朝鮮春生門事変等が思い出されます。
(記入:06/06/25 09:05 藍愛和)(訂正:06/06/28 11:15 多数のミスがあり、訂正して来ました。なお、完全ではないでありましょう。御叱正をお待ちします。藍愛和)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
日露戦争・その八
日露戦争(1904(M37)/2-1905(M38)/9)直前の満韓に関する日露交渉については既に,日露戦争その二:http://aiaiwa.at.webry.info/200606/article_1.htmlと日露戦争その三:http://aiaiwa.at.webry.info/200606/article_2.html とに,日本側の最初の提案の草案(03/06/23 本案提出03/08/12)とそれに対する露国の対案とを紹介して来ました。今回はその結末がどのように進んだのかを... ...続きを見る
日本の対外戦争と世界の情勢
2006/11/08 14:25

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
日露戦争・その三 日本の対外戦争と世界の情勢/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる