日本の対外戦争と世界の情勢

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zoom RSS 北清事変・その六

<<   作成日時 : 2006/05/11 13:08   >>

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北清事変(1900(M33)/5-1900/9)後の国内外の情勢について、新聞集成明治編年史第十一巻自明治三十三年至同三十五年北清事変期、第十二巻自明治三十六年至同三十八年日露戦争期等を参照しながら考察することにします。北清事変の講和が成立し、列国はそれぞれの対清利権をより拡大・強化することに成功しました。その中で、日本とロシアはそれぞれの特別な対清環境を理由に、自己の更なる権益擁護・拡大に腐心しました。そして、各列国も亦、日露の競合に乗じて自国国益を擁護拡大することに熱心でした。この間の情勢を出来るだけ明らかにしたいと思います。文中、[1901(M34)1028時事] 等は[1901(明治34)年10月28日付時事]等を表します。

新聞集成明治編年史第十一巻自明治三十三年至同三十五年北清事変期より、
[1901(M34)1028時事](二十六日倫敦発)外債募集=瀬踏。伊藤侯紐育で演説。 紐育発電に拠れば、伊藤侯は同市メトロポリタン倶楽部の晩餐会に於いて、左の如き趣旨の演説を為したり。即ち日本が巨額の公債を要するは、各種の事業を経営し並びに一般の改良を行うの計画を実行するに在り、而して日本の国情にては、目下国内に於いて募債するは甚だ困難なりと。
[1901(M34)1029日本]旅順口の軍事施設着々完成。露国の毒牙ますます東洋の平和を脅威。
[1901(M34)1030時事](二十八日倫敦発)新満州条約締結を公表。満州に関する露清協商締結されたる旨、聖彼得斯堡(サンクト・ペテルスブルグ?)に於いて公表さる。
[1902(M35)0106時事](一月三日倫敦発)満州占領の怪文書=摘発。拳匪事件は李鴻章と露国の密約陰謀。西太后保護の報償に満州占領を契約。タイムス巴里通信員は、近日満州より帰着したるドクトル・ユーラールなる人より得たりと称し、数通の秘密書類を公にせり。云々。

[1902(M35)0212官報]日英協約全文 欧亜二大強国の握手固し。東亜政局の紛争一掃されん。 日英協約○日英両国政府間に於いて去月三十日左の如く協約せり。
日本国政府及び大不列顛国政府は、偏に極東に於いて現状及び全局の平和を維持することを希望し、且つ清帝国及び韓帝国の独立と領土保全とを維持すること、及び該二国に於いて、各国の商工業をして均等の機会を得せしむることに関し特に利益関係を有するを以て、茲に左の如く約定せり。
第一条 両締結国は、相互に清国及び韓国の独立を承認したるを以て、該二国孰れに於いても全然侵略的趨向に制せらるることなきを声明す。然れども両締約国の特別なる利益に鑑み、即ち其の利益たる大不列顛国に取りては主として清国に関し、又日本国に取りては、其の清国に於いて有する利益に加うるに、韓国に於いて政治上並びに商業上及び工業上格段に利益を有するを以て、両締約国は若し右等利益にして別国の侵略的行動に因り、若しくは清国又は韓国に於いて、両締約国孰れか其の臣民の生命及び財産を保護する為干渉を要すべき騒擾の発生に因りて侵迫せられたる場合には、両締約国孰れも該利益を擁護する為必要欠くべからざる措置を執り得べきことを承認す。
第二条 若し日本国又は大不列顛国の一方が、上記各自の利益を防護する上に於いて別国と戦端を開くに至りたる時は、他の一方の締約国は厳正中立を守り、併せて其の同盟国に対して他国が交戦に加わるを妨ぐることに努むべし。
第三条 上記の場合に於いて、若し他の国又は数国が該同盟国に対して交戦に加わる時は他の締結国は、来たりて援助を与え協同戦闘に当たるべし、講和も亦該同盟国と相互合意の上に於いて之を為すべし。
第四条 両締約国は、孰れも他の一方と協議を経ずして、他国と上記の利益を害すべき別約を為さざるべきことを約定す。
第五条 日本国若しくは大不列顛国に於いて、上記の利益が危殆に迫れりと認むる時は、両国政府は相互に充分に、且つ隔意なく通告すべし。
第六条 本協約は調印の日より直ちに実施し、該期日より五箇年間効力を有するものとす。若し右五箇年の終了に至る十二箇月前に締約国の孰れよりも、本協約を廃止するの意思を通告せざる時は、本協約は締約国の一方が廃棄の意思を表示したる当日より、一箇年の終了に至る迄は、引き続き効力を有するものとす。然れども右終了期日に至り、同盟国の一方が現に交戦中なる時は本同盟は講和結了に至る迄当然継続するものとす。

 右証拠として、下名は各政府より正当の委任を受け、之に記名調印するものなり。
  一千九百二年一月三十日龍動に於いて本書二通を
  作る。
   大不列顛国註箚日本国皇帝陛下の特命全権公使
     林 菫 印
   大不列顛国皇帝陛下の外務大臣
     ランスダウン 印

[1902(M35)0303萬朝]幸徳秋水の死刑廃止論。 死刑廃止(秋水)刑法改正に就いて議すべきのこと多し、就中吾人の最も重要緊急の事として希望する所は死刑廃止是也。人は人を殺すの権利無し。(以下略)
[1902(M35)0316時事]鉱毒被害民の暴動事件判決。同情ある名判決に満廷泣く。昨年九月以来半歳の余りに渉り十数回の審理を重ねたる鉱毒事件は、予報の如くいよいよ昨日午後一時東京控訴院第四刑事部公廷に於いて判決言い渡しありたり。(中略)。渡良瀬川沿岸の住民が鉱毒の為身体を害され、殆ど名状すべからざる究境に陥りつつある次第等、事細かに記しありしより、この判決を受けたる被告等は名判決なりとて、中に思わず感涙に咽びたる者もありき。(以下略)。
[1902(M35)0318時事]鉱毒調査委員長以下各委員は、昨日左の如く任命ありたり。
法制局長官 奥田義人 公毒調査委員長被仰付。 東京帝国大学工科大学教授工学博士 渡邊渡、土木監督技師 日下部弁二郎、農商務省鉱山局長 田中隆三、東京帝国大学理科大学教授理学博士 神保小虎、大蔵書記官 若槻礼次郎、営林技師 村田重治、東京帝国大学工科大学教授工学博士 河喜多能達、東京帝国大学農科大学教授林学博士本多静六、内務技師 野田忠弘、内務書記生官 井上友一、東京帝国大学工科大学教授工学博士 中山秀三郎、農事試験場技師 坂野初次郎、東京帝国大学農科大学教授農学博士 古在由直 鉱毒調査委員被仰付。 法制局参事官 中西清一 鉱毒調査委員主事被仰付。
[1902(M35)0330読売]労働者集会禁止△片山潜等二十名△内務省に捻込む。労働者集会禁止事件 ○警視庁が向島に於ける労働者運動会の発起を禁止したる事件に就き、昨日労働組合期成会員片山潜等二十名は、内務省に至り久保田内務局長に面会し、警視庁の処置に対する内務大臣の方針を問いたるに、久保田書記生は今回の事一に警視総監の職権を以て禁止したるものにて、内務省は直ちに如何ともする能わざれども、内務大臣は絶対に労働者の集会を禁止するの方針にあらざる旨陳弁したりと。尚同会は一昨日、四月二日労働大演説会を開く事を決議したり。
[1902(M35)0331時事]露国満州の撤兵を承認。(三十日北京発)露国は清国の条件を承諾し、鉄道を還付し、兵制及び鉱山には之に干渉を加えず、唯撤兵期限の一年と申し出でたるを一年半に延長せんことを求め、之にて合意成立し不日双方の批准ある筈なり。 
[1902(M35)0402時事]鉱毒事件問題演説会 ○本日午後六時より神田美土代町青年会館に於いて開く。出席弁士は左の如し。 巌本善治 花井卓蔵 内村鑑三 梅原梹R 安部磯雄 木下尚江 島田三郎
[1902(M35)0603時事]四年の歳月、数十億の国帑を費やして南阿戦争漸く終局す。(前略)回顧すれば英国が南阿の二大共和国と開戦したるは四年前の事にして、(中略)数月来一般英人が本月下旬に挙行せらるべき英皇戴冠式までには、全く平和を回復すべしと予期したる其の希望が、いよいよ実際行なわるるに至りしは何よりの慶事と言わざるを得ず。(中略)英国がこの間に於いて前後三十万の兵を送り、幾十億の費用を投ずるのやむを得ざりし所以にして、(中略)流石は英国にて、前後四年の長日月に於いて軍隊派遣軍費支出に毫も故障なかりしは自ら其の国力の非常なるを見るべく、我が輩の敬服に耐えざる所なれども、(中略)過日来倫敦の市場に於いて英公債は勿論、日本、清国の公債も続々騰貴しつつあるが如き、亦自ら一般の人気をトするに足る可く、我が輩の望みを属する所にして世界の経済上の順調を導くの効能は、断じて疑いあるべからず。
[1902(M35)0604中外商業]取引所令の改正に怯えて「東株」五十円安。(前略)尚東株の時価二百円内外に居れる際に於いて五十円安を呈せるは、同取引所あいて以来、未だ嘗て之れなき珍事なりと言う。
[1902(M35)0604時事]海軍拡張計画に依る外国への注文艦◇・・・全部竣工す。海軍拡張計画に依る外国注文艦は三十四年度に於いて悉皆竣工を告げ、戦闘艦三笠、駆逐艦の暁、白雲等順次本年度に入りて回航し来たり、霞艦亦別項所記の如く昨日無事佐世保に着したれば、残るソーニクロフト製造の駆逐艦朝潮一隻にて、之亦既に竣工して我が回航員の手に領収済みとなり、不日回航の途に上る筈なれば、九月初旬頃には我が領海に入る事となるべし。
[1902(M35)0923日本]帷幄上奏=廃止案に桂首相応ぜず。世間漸く陸海軍の過大に注目。曽根蔵相の提出に係わる整理案の題目が師団減少に在りしと同じく所謂奥田案なるものの大願目も亦海陸軍費の削減に在りとは夙に世間に伝えられしが同案中には同時に帷幄上奏の廃止案なるものありと言えり。元来帷幄上奏なるものは軍令軍政の別を明らかにすると同時に、大元帥陛下に直隷する陸海軍の軍令は、内閣会議を経ずして陸軍大臣より直ちに陛下に上奏するが為に開かれたるものにして、其の昔伊藤侯が内閣総理の椅子に倚りて権威おさおさ内外を傾けし折り、山縣侯は如何にしても之に当たらんと欲し、さてこそ帷幄上奏なる関門を設けたりしが、陸軍省は之を機として以来、幼年学校の廃止さへも帷幄上奏の中に加えて御裁可を仰ぎ奉るの慣習を為し、内閣首相はいつもこれを知らざるが如き不統一の弊は起こり、従って軍令軍政の別を明らかにする能わざるより、不権衡なる軍備の膨張を来すの虞れありとて、奥田案は断然之が廃止を主唱せしに、是も亦陸軍出なる桂首相の反対する処となり、閣議に上るまでもなく直ちに消滅したりと言う。曽根案と言い、政府当局の人も今は陸海軍の過大に注目するに至りたるは世変の一現象にあらずや。

[1903(M36)0306時事]露の命に摘みて喰う木の葉もなく、東北地方の凶歉=惨また惨。青森県下飢饉実況(三月二日大野町発、特派員石濱生) 東北地方殊に青森地方は、昨年の気候甚だ適順ならずして、米作畑作共に三十余年間未だ嘗て見たることなき凶歉の惨状を現じ、農民は皆蕨の根を掘り、又は木の葉を摘みて之を噛み、辛うじて露の生命を繋ぎ来たりしに、昨今は夫れさえ尽きて家に一粟なく野に一毛なく、殆ど餓死の状況に陥ると同時に其の余波は農家以外の人民に(一行コピー不良)ば既に数千の餓死者を出したるならんと言う。是れ豈袖手傍観すべき事ならんや。(以下略)
[1903(M36)0415東朝]帝大教授戸水寛人博士の日露開戦説軍部の忌憚に触る。この頃戸水博士が満州撤兵問題同志懇親会でヤッタ日露開戦演説に対し、陸軍部内の異論は非常なもので、云々。(以下略)
[1903(M36)0416時事]列強の東洋艦隊現在の総噸数。(中略)試みに昨年四月調査に係わる列国東洋艦隊の総噸数と、本年四月現在の総噸数とを比較すれば左の如し。
   昨年四月   本年四月 (単位噸 数字は漢数字をアラビア数字に変更)
英 147147 133550
露 114620 159060
仏  51736  64360
米  48520  54826
獨  35325  34207
伊  12836  −−−−−
[1903(M36)0417東朝]露国遂に満州撤兵不履行。(前略)露国人は声言すらく、是朝鮮に於ける日露両国の関係切迫したるが為なりと。(以下略)
[1903(M36)0427時事]露国の新要求。 [1903(M36)0428東朝]満州撤兵の交換条件として、露国七箇条の密約を呈示す。 [1903(M36)0430東朝]露国新要求に米国の抗議。 [1903(M36)0501東朝]露兵傍若無人=朝鮮に入る。事態遂に放任するを許さず。
[1903(M36)0501萬朝]外交と戦争 両者を混同せざれ。 外交と戦争とを同視する者あり、若しくは外交の結局は必ず戦争に帰着せざる可らずと為す者有り。此の徒、一外交問題起こる毎に必ず先ず開戦論を唱う。論や壮快なりと雖も、畢竟軽躁謬妄の見たるを免れず。(以下略、全70余行中、凡そ40行分は何も印刷されていない。検閲で削除されたのだろう。)
[1903(M36)0624東朝]満州問題に関し桂内閣に進言したる帝大教授七博士の強硬意見。 東京帝国大学教授富井、戸水、寺尾、高橋、中村、金井、小野塚の七博士が、桂首相に呈示したる満州問題の意見書は左の如し。 大凡天下の事一成一敗其の間髪を容れず、能く機に乗ずれば禍を転じて幸となし、機を逸すれば幸を転じて禍となす、外交の事特に然りとなす。然るに顧みて七、八年来極東に於ける外交の事実を察すれば、往々にして此の機を逸せるものあり、遼東還付の際、其の割譲の条件を留保せざりしは是実に最必要の機を逸せるものにして、今日の満州問題を惹起せる原因と謂わざるべからず。(中略)。故に曰く、今日の時機に於いて最後の決心を以て此の大問題を解決せよと。
[1903(M36)0630萬朝]基督教的戦争廃止論 内村鑑三 余は****************戦争絶対廃止論者である。戦争は人を殺すことである。而して人を殺すことは大罪悪である。而して大罪悪を犯して個人も国家も永久に利益を収め得よう筈はない。世には戦争の利益を説く者がある、然り、余も(以下略、全60行足らずの内、凡そ47行分は何も印刷されていない。検閲で削除されたのだろう。)
[1903(M36)0810東朝]暴戻なる露国によって東洋の平和はまさに攪乱されんとし、国民の鬱結遂に勃発す。錦輝館に於ける対外硬同志大会。対外硬同志大会○昨九日午後一時より錦輝館に開催したり。来会の同志者は佐々、柴、頭山、平岡、竹内(正志)、大竹、神鞭、鈴木(重遠)、中西、国友諸氏その他百余名にして、傍聴会衆の数凡そ五百名に上り、立錐の余地なき盛況を呈したり。(中略)。祝電の中最も簡にして要を得たる者一あり、曰く「大に遣るべし」と。該電の朗読さるるや、会衆一同皆拍手喝采を禁ずる能わざりし者、豈に故なからんや。(以下略)。
[1903(M36)0812東朝]帝国軍艦現在表は左の如し。
(横須賀)鎮東、鎮遠、扶桑、和泉、新高、平遼、高雄、八重山、武蔵、愛宕、朝霞、速島、雷、曙 (佐世保)笠置、濟遠、大島、鎮南、叢雲、東雲、夕霧、不知火、春雨、村雨 (呉)三笠、浅間、対馬、筑波、筑紫、龍田、赤城、宇治、鎮中、豊橋 (舞鶴)吾妻、比叡、金剛、千早、摩耶、鎮西 (大港)須磨、明石、朝日、敷島、富士、八島、八雲、常磐、磐手、陽炎、薄雲、朧、霞、暁 (根室)高砂 (室蘭)葛城 (大阪)天龍 (品海)天城 (馬公)大和
[1903(M36)1216東朝]布哇島民の半数は我日本人。布哇日本人会=を設立す。(四日布哇発)布哇在留日本人は全島を通じて凡そ六万五千人を超え、全島の十五万に対し殆ど其の半数を占むると雖も、如何せん日本人は多く労働を目的とし一時の出稼ぎなるを以て、勢力の微弱なるは言うまでもなく(云々、以下略)。

[コメント]日露戦争前夜の明治36年、日本中の4600万人国民全てが朝野を挙げて、熱に浮かされた様に対露戦争へと歩みを進めているように見えます。その中にあって萬朝報のみ非戦論を展開しましたが、やがて開戦論へと傾きます(参照: 黒岩涙香と万朝報: http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~bungaku/yorozutyouhou.html)。幸徳秋水や内村鑑三等の意見はありますが。正に徒手を以て大河の流れを堰き止めんとするの観があります。この大河の流れは何故発生したのでしょうか。素人考えを巡らせました。
1.狭い国土 2.溢れる人口 3.資源の欠乏 4.生活の困窮 5.画一教育の普及 6.英米の世界戦略による日本支援 7.国情不安なロシアのアジア進出 8.中国・韓国の弱体 9.軍人首相政府の権力維持 10.国民の権利意識の高揚(民衆の右傾化) 等々の多数の要素が全て日露開戦の方向に動いたことが、この流れを作ったのではないでしょうか。これらの要素のどの一つを取っても簡単に解明出来るものはありませんが、我々が日露戦争について全体像を持つ為には避けて通れないでしょう。一つ一つの調査研究は今後の課題としたいと思います。
(記入:06/05/11 13:00 藍愛和)

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日露戦争・その二
日露戦争(1904(M37)/2-1905(M38)/9)前の日露外交交渉について、外務省編纂・外務省蔵版 日本外交文書 第三十六巻自明治三十六年一月至明治三十六年十二月 第一冊 日本国際連合協会発行 事項一 満韓に関する日露交渉一件 から引用します。大日本帝国の対露交渉に於ける清韓両国に対する方針は、露国の清韓両国に対する方針と「瓜二つ」であります。即ち、日本は福建・韓国の植民地化を、露国は満州・韓国の植民地化を、それぞれ最終目標としています。 各文書の最初にある [6/23一]等は[... ...続きを見る
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