日本の対外戦争と世界の情勢

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zoom RSS 日清戦争・その八

<<   作成日時 : 2006/01/05 20:38   >>

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その七では、五月三十一日陸奥宗光外相が井上馨公使を呼び戻し、六月三日伊藤博文首相に「閣議案」を提出した所までを紹介しました。その後六月十六日の文書では文部大臣西園寺公望侯爵が外務大臣臨時代理になっていることが読み取れます。何があったのでしょうか。日清戦争の戦後処理について、引き続き
 日本外交文書 第二十八巻 
 自明治二十八年一月至明治二十八年十二月 その一・その二
 事項七 朝鮮国内政改革に関する件
等を参照しながら、調べたいと思います。以下の記述で日付は全て 1895(M28)年内の日付です。日付の後の漢数字は文書番号です。

7/1三百九 杉村臨時代理公使より西園寺外務大臣臨時代理宛 王妃露国公使を利用し閔氏勢力を回復せんとする模様報告の件 去る月の三十日の貴電信の趣に従い、秘密に朴泳孝に尋ね、次の返答を得た。王妃と露国公使との間柄は突き止めたことはないが、王妃は同公使の力を借りて閔氏の勢力を回復しようとしている。(以下略)

朴泳孝について:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B4%E6%B3%B3%E5%AD%9D

7/7三一五 杉村臨時公使より西園寺臨時外相宛 朴泳孝謀反の嫌疑にて逮捕命令ありたる旨報告の件 昨夜王宮に各大臣を招集せられ(朴徐二人の外)にわかに朴泳孝の官を免じ且つ謀反の嫌疑を以て之を捕縛すべき旨警務庁へ命令があった。そのため、朴は今朝秘かに仁川へ赴き、同地より日本へ潜行するつもりであると言った。朴泳孝謀反の嫌疑については探偵書類多く国王の手許に集まったとの由であるが、その内日本人佐々木留造なる者の筆談書は最重要視されたと聞いた。(以下略)
7/9三二一 (在東京)井上公使より杉村臨時公使宛 朴泳孝事件に関し訓令の件 先刻外務大臣からも電訓が有った通り、この際貴官を始め各顧問官連中に於いて朴派を保護する為の種々の小細工は断じてしてはならない。王妃をして窮鼠たらしめるは将来対韓策の目的を達成するのに非常な害がある。一同申し合わせ、厳重注意されたい。本官は一週間内に出発帰任するであろう。朴の余類を保護することは決して為してはならない。貴官は金宏集に面会し、朴氏陰謀一件は精細糾明する様談議し、我の潔白を示さなければならない。

8/17三五十 対韓施策に関する三浦梧楼新公使の意見書 対韓政策の訓令を待つ 梧楼はもと身を戎馬(戦馬)の間に委し、外交の術を知らない。又久しく閑散の地に居り、世界列国政治の趨勢に疎い。然るに今般身自らも思いがけなく政治家の最も難局とする所の朝鮮に職を奉じて駐在し、内は韓国の大改革を負担し、外は列国の外交家と競争しようとするのは任重く、責大であって秘かに寒心する所である。
嘗て次のような話を聞いた。久しく漢城に駐在する一我が外交官は客に語って言った。我が政府は公使を更迭することが頻繁である。そして、新公使が来る毎に各自互いに其の執る所の方針を異にするを以て、私のような者は徒に前年施行したものを再三再四復習するに過ぎない。どうして充分の成功を望むことが出来ようか。嘆息に堪えないと。
この言葉は恐らく従前我が対韓策の不確定であったことの証言ではなかろうか。想うに我が公使の効を挙げることが出来なかったのは、京城に派遣する其の人に乏しかったのではなく、国是未定の為、対韓策という堤防は或いは築き、或いは休み、或いは壊れ、或いは修復し、実に前年の事業を復習しているような外観を呈しているが故ではなかろうか。
しかしながら外交に熟練している井上伯のような内外の名望を有しているのならば、外交の妙である臨機応変よく機会に投じ国威と利益とを保全することが可能であろう。だが、梧楼のような才疎に、識浅く外交に経験の無い者は帝国の確固とした対韓の国是を奉じ、その方針に従うのでなければ、恰も航海に羅針なく、暗夜に月星がないと同じく危険この上ないことは言うまでもない。ましてや航路の彼岸を知らず、徒に風位に随い漂流することは長く堪えることの出来ないのみならず、遂に不測の禍に沈むというが如き事態に立ち至るに於いては。
もしそれ征清の役前のように、清国との交渉のみであるとするならば、遷延数年を経過し、前途の方向を定めず、暫く晴雨を窺い、風位に随って動揺するのも、猶よく禍を転じて幸とすることが出来るであろうけれど、去る歳、戦勝以来天下の耳目頓に一変し帝国の勢力を猜忌する者、日に多きを加え、殊に清国を凌駕する一大強国が朝鮮の内政に干渉し、一着を誤れば挽回その期無き、恐るべき潜勢力が現れようとして、東洋戦雲の余風、欧州に波及し、風雨陰晴予知し難く、天候は寧ろ雲脚の将に急ならんとすることを予期すべき形勢であると。
果たして然からば風雨の失馳(来るか来ないか?)を見ることが可能なのは鶏林(新羅のち朝鮮の称)半島であることは火を見るよりも明らかである。故に予め三条を陳列して以て将来の訓令を乞う所以である。願わくは更に審議して不抜の対韓方針を国是と定められんことを。

第一条 去る歳征清の主義に則り、朝鮮を同盟の独立王国と認定し、将来我が独力によって、全国の防御及び改革を負担する責任を負うという方針を執るべきであろうか。
第二条 我が独力によって朝鮮独立改良を行うという責務を避け、又保護及び占領の雄心を抑制し、欧米列国の公平なるものと相謀り、朝鮮を共同保護の独立国とするという方針を執るべきであろうか。
第三条 早晩必ず一、二強国と紛擾を生ずるであろうことは最も見やすい趨勢であるので、大難事の起こらない今日、寧ろ断然決意して一強国と高麗半島を分割占領するという方針を執るべきであろうか。

呈示した三条中第一は最も公明正大の方策であるけれども難中の難事であって、将来内外より困難蝟集し、幾多の人力と金力とを消費し、恩威並び行わしむるには長年月の光陰を要し、殊に一、二強国と早晩戦争をするとの決心がなければならない。しかしながら我が国の堪忍全力を始終一貫して注射すること数年ならば朝鮮は我が保護の下に属するの結果を呈し、又世界に対し好辞柄(うまい言い訳のたね)となるであろう。
第二条の政策なるものは、利益と責任を関係各国に分かち、偏に強国の兼併蚕食を防御するという意旨を明らかにするならば、易々たる事業であろう。もしこの方針を執ろうとする場合は今日に於いて外人に先立ち、他日我が国人の利益を獲取し易いよう準備に努力することが最も専一なることである。
第三条の如く決心するならば、暫く朝鮮の万事に鋒芒(刀のきっさき)を修め、協議の熟するとみるや疾雷耳を掩うの策に出なければならない。他国を兼併するのは好辞柄の下での略奪であるので、占領後の勢いに随い、或いは威迫し、或いは恵恤(めぐみあわれむこと)するのみである。(想うに今日は露に北方の不凍港或いは咸鏡道位を与えれば満足するであろうか。) 
梧楼既に難局を顧みず、命を彼の地に奉ぜんと決心しておるので、政府の方策何れに定まるとも元よりそれに対して容喙しようなどとしているのではない。只、前三条の決定如何に由りて恩恵的脅迫的及び黙従的政策の必要起こり、寛猛緩急皆之に準拠して定めるの外はないと確信している。故に要略を書いて以て教えを待つ。猶尽くさざる所のものは更に口頭を以て陳弁するであろう。再拝

[コメント]この時代、啓蒙思想から各種ヒューマニズムへと目覚めた民衆の台頭という世界の流れの中に明治維新は成功しました。その主人公であった薩長政府の要人達は自分達を後押ししているこの思想を十分理解していないように見えます。その点では明治維新に敗れた旧徳川幕府の要人の方がより多く各種ヒューマニズムを理解していたかも知れません。素人考えですけれど。
三浦梧楼氏は「命を彼の地に奉ぜんと決心しておる。」と言っています。軍国主義日本では最も大切とされたこの覚悟の程は日清戦争に関わった全ての人達の気持ちであったでしょう。その覚悟や良し。しかし、世界の人々はそのような日本人の思想・行動から、日本人をどのような存在と見たでありましょうか。日本人は外面的富国強兵の実現に努めるだけではなく、世界に通用する思想・信条・信念を身につけるという内面的人間性強化にも努めなければならなかったのです。日清戦争時の要人の行動から、世界に通用するどのような思想・信条・信念を学ぶことが出来るのでしょうか。誰か教えて下さい。
日清戦争で初めて日本は本格的な対外戦争をしましたが、精神的には自国のことのみあって、世界の人達の心情を汲み取ることが出来ていなかったと思われます。日清戦争当時、世界中の植民地支配に苦しむ多数の民衆のために「命を奉ぜんと決心する」ためには、日本人が学ばなければならなかったことはまだまだ沢山あったでありましょう。日本人が当時持っていた信条或いは判断基準には「尽忠報国」以外に何かあったでありましょうか。これまた教えを乞いたいと思います。
(記入:06/01/05 20:30 藍愛和)

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