日本の対外戦争と世界の情勢

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zoom RSS 日清戦争・その七

<<   作成日時 : 2005/12/18 21:48   >>

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日清戦争は世界の予想に反して、日本の大勝に終わりました。日清戦争の戦後処理を日本は上手く実行することが出来たでありましょうか。日清講和条約締結時の朝鮮駐在日本公使は伯爵井上馨氏でした。井上公使は秘かにしかし無理矢理帰国させられ、杉村濬(すぎむらふかし)氏が朝鮮駐在臨時代理公使に任命されました。日本外交に何が起こったのでしょうか。この辺りの事情について、
 日本外交文書 第二十八巻 
 自明治二十八年一月至明治二十八年十二月 その一・その二
 事項七 朝鮮国内政改革に関する件
等を参照しながら、調べたいと思います。以下の記述で日付は全て 1895(M28)年内の日付です。日付の後の漢数字は文書番号です。
なお、その前に日清戦争の経過について、
Chronicles:http://www.ne.jp/asahi/chronicles/map/ 内の日清戦争関連年表を参照して、説明します。一部、新聞集成明治編年史第九巻日清戦争期等も参照しました。
1894年(M27)
5月 清国、朝鮮出兵 6月 日本も出兵
7/25 豊島沖の海戦
8/01 日清両国宣戦布告
9/17 黄海海戦
10月 東学、農民軍の反乱が日本軍および政府軍によって鎮圧される
11/06 大連攻略
11/21 旅順攻略
1895年(M28)
2/12 清国北洋艦隊降伏
3/30 日清間に停戦条約
4/17 日清講和条約
5/08 日清講和条約批准交換結了
5/13 遼東半島還付大詔渙発
 
4/8二六六 朝鮮駐在井上公使より陸奥外務大臣宛 鉄道電信条約案要項に付き云々 一体我が朝鮮に対する将来の政策はこの際其の方針並びに干渉の厚薄等確定相成り候事必要と存じ候云々 朝鮮独立についての我が宣言と鉄道電信等についての我が事業と相矛盾せりとの擬論を受くるを免れざるべし云々 鉄道電信事業等に付き我が政府の方針を御確定相成られ度候云々

5/18二七五 陸奥外相より(在京都)鍋島外務書記官宛(電報) 左の通り伊藤伯に伝えよ 露国政府に向かい西公使をして鉄道等の事をフランクに言わしむべしとの御意見は一応尤も成れども今日迄の廟議により我が政府が朝鮮に対する政策はもし他国政府より苦情を言い立つれば其の廉(カド)いくらもあるべし 現に鉄道事業の如きは大鳥公使時代より日韓条約に明記する所にして無理に文字上牽強付会の説を立つれば兎も角も言い得べけれども事実は日本一手にて此の事業をなさんとしたることは掩うべからず 故に本大臣も西公使をして何とか露国政府に説明せしむるの必要ありとは思えども之を為す以前に将来我が政府が朝鮮に対する廟議確定せざるべからず 此の事については井上公使よりも伺い出てもあれども未だ回答する能わず もし我が廟議確定せざる以前に西公使をして表面奇麗なる事を言わしめば其の事実大いに井上公使が朝鮮にて実行し居る所と大いに相違するの恐れ無き能わず 故に本大臣は此の事は聖上還幸の上第一番に御決定あらんことを望みおるなり

5/24二八七 陸奥外相より鍋島書記官宛 井上公使帰朝を秘すべき旨意見上申の件 陸奥外務大臣 京都鍋島書記官 伊藤伯へ 井上公使帰朝の事は先ず当分世間に秘し置く方可然と思う 為念申し上げ置く

5/25二八八 閣議決定 朝鮮問題に付いての政略閣議決定の件 朝鮮問題に就き将来我が政府の執るべき政略は速やかに決定するの必要あるに付き在東京内閣大臣茲に別紙の通り決議したり (別紙)日本国が清国に対し干戈を交えたるは朝鮮国をして彼の有害なりと認めたる清国の抑圧を脱せしめんとの希望に起因す 而して該希望たるや既に下関条約の締結に依り全く之を達するを得たり 朝鮮国の独立を将来永続せしむることは各国一般の利害関係することなり 由って帝国政府は其の独立を維持することに付き単独に責務を負うを必要と認めず 故に日本国政府は利害の関係ある他の諸国と協力して朝鮮国の事態を改善することを以て目的となすところの処置に協同して差し支えなきことを表言すると同時に帝国政府に於いては将来日本国と朝鮮国との関係は之を条約上の権利に基かしむるの意なることを言明す (右英訳文:省略)
5/25二八九 陸奥外相より在京都鍋島書記官宛(電報) 朝鮮問題に対する日本の意向各国政府に宣言方上申の件 正午発 陸奥外務大臣 鍋島書記官 伊藤伯へ 朝鮮の形勢日に急にして露国の干渉何時来るやも計り難しに付き今日在京内閣大臣一統会議しこの際別紙英文の通り帝国政府の意向を各国に宣言することを以て得策と考うと決せり 貴大臣に於いて御同意なれば其の地の内閣員と御協議の上勅裁を得ることにお取扱い下されたし 別紙の英文は直ちに送るべし(別紙前掲二八八の英文と同じ:省略)
5/25二九十 井上公使より陸奥外相宛(電報) 急速に帰国六ヶ敷旨報告の件 昨日の電報承知せり 急に他国の離間策を容るるとも思われず 又急に露国云々もあるまじ 併しながら朴泳孝は忠告の末種々手段を尽くし二三ヶ月間の平和を維持せしめんと試みたれども遂に自身退職すべしと申し出たり 然るに総理は既に辞表を提出したれば双方とも辞職という結果に至れば尚手段六ヶ敷きならん 依って目下裏面より種々手段を尽くし居れば何かと暫時の始末を付け置く積もりなり 実に不確かなる疑心暗鬼の性質なれば請け合いは付かず この出来事の片付き次第一時帰朝申し立つべし 京城井上公使 陸奥大臣
5/31二九七 陸奥外相より井上公使宛 帰朝命令通達の件 午後二時五十分発 電送 陸奥外務大臣 京城井上公使 閣下は御用帰朝を命ぜらる 杉村を代理となし御出立後の諸事充分お取計らいの上成る可く速やかに御帰朝あるべし

[コメント]事項七は未だ続くのですが、これまでの文書を見ますと、何だか日本には京都と東京に二つの政府があって、二つの政府の思惑が縺れ合いながら、日本国の政治を行っているように見えます。この時代未だ外国の意向を無視し得ない日本としては、京都在勤伊藤首相も外国公使の多い横浜に近い東京在勤陸奥外相の発言を無視することができなかったのでしょうか。

或いはそのように見せ掛けることによって、外国外交官やスパイ達の耳目を混乱させ、政府中枢への介入を防いだのかも知れません。政治にはそれ位の用心はするのが当たり前なのでしょうか、私には分かりませんが。

それにしても陸奥外相の文書には日本の本音と建て前が見事に読み取れる箇所が沢山あるように思います。詳しくは日本外交文書をここに書いた以外の文書も含めてお読み下さい。
(記入:05/12/18 21:30 藍愛和)

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