日本の対外戦争と世界の情勢

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zoom RSS 沖縄県史

<<   作成日時 : 2005/07/25 17:44   >>

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沖縄県は明治維新の時に日本の
領土になったのですね。初めて知りました。
沖縄県HP  
href=http://www.pref.okinawa.jp/
琉球  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
href=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%89%E7%90%83
沖縄の歴史 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
href=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E7%B8%84%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
琉球王国とは
http://www.shurijo.com/about/ryukyu.html
Nishitatsu1234の部屋
href=http://members.aol.com/nishitatsu1234/index.htm
 内の
 琉球王国
 href=http://members.aol.com/nishitatsu1234/zatsudan/ryukyu.htm

沖縄県の歴史上重要と思われる項目を年代順に書き出します。

[1]13世紀頃 アジアの貿易を中継する海洋王国 
 日本は武家が台頭した時代てす。そして初めて外国−元−の来寇に遭遇しました。
 中国は北方異民族の興隆の前に国土を蹂躙されていました。
ツングース族:
http://www.geocities.jp/intelljp/manju/shukushin/japan.htm
の金やモンゴル族:
http://www.uraken.net/rekishi/reki-chu14.html
の元はユーラシア大陸を疾駆していました。
 西洋はキリスト教圏としての自覚の下、7回に亘る十字軍をイスラム教圏に派遣し、本格的に域外に関心を向けました。

[2]1429年 琉球王国誕生
 日本は室町時代です。室町時代は中央の統制が比較的弱く、一般庶民の文化的、経済的な活躍の目立つ時代であったと思います。中国の明王朝とは勘合貿易という管理朝貢貿易で、正常な経済活動の発達は阻害されました。 
 中国は明の時代です。明は漢民族の主権の下に成立した王朝です。周辺諸国を制服して属国とし、朝貢貿易を強制しました。明時代は最初は対外膨張政策をとりましたが、後守りにはいり、北から遊牧民族の、東から和冦と称した海賊の略奪が活発になりました。 
 西洋は宗教の束縛を脱して、自由と開放の人間中心主義の時代を迎えつつありました。ルネサンスと地理上の発見は来るべき新時代における西洋の栄光を約束するものでありました。

[3]1609年 島津氏の琉球王国征伐
 日本では、徳川家康が 1603年、江戸に幕府を開きました。自由な室町・戦国時代から徹底した身分制度を持つ封建時代への転換でした。そして、対外的には 1612年頃から鎖国政策を取り、日本は小さな島国に閉じこもり、世界の発展から外れました。この時代、外国との触が少なかったことはその後の日本の進路に重大な影響を与えました。その中で、鎖国する直前に島津藩が琉球王国を植民地にし、鎖国中もそのまま植民地経営を続けたということは、実に歴史のパラドックスと言うべきでありましょう。 
 中国では明王朝が疲弊し、周辺異民族の横行跋扈(おうこうばっこ)を許していました。
 西洋は人類の旗手としての王道を進まず、多くの国が世界中に植民地を求めて狂奔しました。先ず、スペイン、ポルトガル。次いでオランダ、イギリスが続きました。そしてフランスも植民地戦争に参入しました。彼らは西洋のみならず、世界の至る所で戦争を繰り返しました。

[4]1872年 明治新政府琉球藩を置く
   1879年 沖縄県を置く
 日本では明治維新が起こり、疾風狂涛の時代に突入しました。
 中国では漢民族が満州族の支配に屈し、清王朝の時代でありましたが、清王朝は西洋に対抗すべき有効な方策を見出せないまま、西洋勢力の侵食を受けていました。
 西洋では帝国主義戦争と内乱の時代でした。前後百年間の主な戦争を列挙します。
1812-14 米英戦争 1840-42 アヘン戦争 1846-48 米・メキシコ戦争 1853-56 クリミア戦争 1857 セポイの動乱 1859 伊・オーストリア戦争 1861-65 米国南北戦争 1863 薩英戦争 1864 普(プロシア)オーストリア・デンマーク戦争 1864 普・オーストリア戦争 1864 英仏米蘭下関砲撃事件 1870-71 普仏戦争 1871 パリ・コミューヌ 1877-78 露土(トルコ)戦争 1884-85 清仏戦争  1896 伊・エチオピア戦争 1898 米西戦争 1899-1902 南ア戦争 1898-01 義和団事変 1904-05 日露戦争 1905,11 獨仏モロッコ事件 1911-12 伊土戦争 1912,13 バルカン戦争 1914-18 第一次世界大戦 1917-22 ロシア革命とソヴィエト社会主
義共和国連邦成立  要するに西洋は百年間戦争ばかりやっているように見えます。
今でもそうかな?

[5]1945年 米軍、沖縄本島占領
 日本は第二次世界大戦で連合国に:無条件降伏しました。
 中国は国共内戦を再開しました。
 西洋は鉄のカーテン越しに、東西冷戦を始めました。

[6]1972年 沖縄返還
 日本は戦後処理を一応終了しました。日中間国交が正常化しました。この時、沖縄が独立とか、米国編入を選択する動きなどはなかったのかどうか、という疑問を私は持ちました。沖縄県民が本土復帰を熱望したということは、沖縄と本土が一体化していたと言う歴史的現実があったのでありましょう。このことについて、琉球語をインターネットで検索しました。次を参照して下さい。
http://ryukyu-lang.lib.u-ryukyu.ac.jp/intro/index.html
上記 HP にも書かれていますが、琉球語と本土の言語とは共通の祖語を持っています。従って、琉球の住民と本土の住民は共通の祖先から別れたと考えられます。琉球と本土の関係は江戸時代単に島津藩の植民地として、本土に搾取されたという関係だけに止まるものではなかったのでしょう。
 中国は中華人民共和国が国連に加盟しました。
 西洋はソ連体制の弱体化が進みました。

[7]2005年 米軍基地問題
 日本では歴史問題・靖国問題等が議論されるようになりました。 
 中国は国力が増大し、大国主義が台頭し始めました。口癖のように唱えていた、「中国は発展途上国である。」という言葉は最近は全く聞かれなくなりました。 
 西洋ではというより、世界で米国の一極超大国主義が罷り通るようになりました。
(このページの最終更新:060511 15:45)

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